流派によって左右の見方はいろいろあります(左手が先天で右手が後天、左手が潜在で右手が顕在 など)。
ただ、左手にも右手にも、流年を出せば 過去も未来もある。潜在的な部分も顕在的な部分もある。その矛盾を感じて、一番しっくり来たのが 「外面・内面」 という見方です。
右手=社会的な手(外面)
慣れていないときの自分。会社や学校にいるとき、仕事中、まだ慣れていない人との会話、まだ慣れていないデートの相手。
左手=個人的な手(内面)
内側にある素の自分。1人でいるとき、オフのとき、家族に見せている自分、慣れ親しんだ人との会話。
脳との関係でいえば、右脳(左手)は自分の内側を処理するのが得意、左脳(右手)は内側をいかに外へ表現するかを管理するのが得意。これが手にも結びついているのでは、という考え方です。
